甥が一歳になった

色々、とにかく色々なことがあった一年。

多分、一歳になるまでにこれほどまでに波乱万丈な時間を過ごした子供というのも少ないだろうというほど、色々なことを体験した甥。
おそらく、この一年の出来事は彼の記憶には残らないだろうが・・・。

記念すべき一歳の誕生日には、母親も父親もいない・・・。

いつかはこの現実と向き合わなければならない時がくるはずだが、今はそのことはまだ考えたくはない。

とにかく、今は今日という日を祝うだけだ。

生まれて初めてのケーキを食べた。
一升餅も背負った(泣きじゃくってひっくり返ったが・・・)。
プレゼントに、新しい椅子をもらった(座るとプーと音が出る)。

今日はそれだけ。明日のことはまた明日考えればいい。

君のこれからの人生、決して平坦でないことだけはすでに明らかだ。
だが、だからこそ、強く生き抜いてほしい。

そう願わずにはいられない。

カテゴリー: 家族, 育児 — admin 10:15 PM  コメント (0)

目の奥がず〜んと重い

最近、慢性的な眼精疲労に悩まされている。
職業柄、どうしてもPCとにらめっこをする毎日で、当然目は極端に疲れる。

目が疲れると、頭痛もするし、眩暈もするし、肩も首もこるし、悪いことだらけだ。

しばらく、PCから離れたい。

・・・というわけにもいかんよなぁ。

皆、多かれ少なかれこの悩みは抱えているはず。
どうやって対処してるんだろうか?

職場の人は、目に当てて蒸気の出るアイマスクを試していた。
これは自分も試してみたい。普通に気持ちよさそうだ。

他には血行改善を図るような漢方や湿布みたいなのとか?

なによりも、適度に休憩をとって、遠くを見たり、軽く運動したり、そういう習慣をつけることか。

気をつけよう。

カテゴリー: 健康 — admin 10:08 PM  コメント (0)

もっと社員は会社の経営に突っ込むべきだ

平の社員が会社の経営に対して首を突っ込むべきではない。そう思っていないだろうか?

何千人、何万人もの社員をかかえる大企業ならともかく、数十人規模の中小企業ならば、もっと一人一人の社員が会社の経営状態に興味を持つべきである。

今の時代、会社など簡単に潰れる。
その責任は、もちろん経営者にある。だが、社員一人一人にもあるのだ。

会社が倒産したせいで路頭に迷ったと、まるで一方的な被害者のような発言をする人もいるが、倒産する以前に、そうならないための策を講じたのだろうか?
いち社員がそんなことできるはずがない、というのは言い訳だと思う。社の一員として、自分の勤める企業の経営状態くらい把握するべきだし、潰れて自分が困るのなら、もっと努力をすべきだ。
役員に対して意見するでもいいし、同僚や上司と相談するでもいいし、いくらでも手段はあるはず。ただ黙って見ていたというのは、一緒になって会社を潰したという意味で、経営者と同罪ではないだろうか。

経営を経営者まかせにして、文句だけは言う。そんな社員ばかりでは成長は望めない。

たとえ相手が上司であっても、あるいは役員であっても、はたまた会長であっても、正しいと思ったことを言う権利が社員にはあると思う。
こびへつらって機嫌だけ伺うような部下なら、少なくとも自分は信用しない。ともすれば鋭いところに切り込んでくるような、そういう緊張感のある部下の方が、一緒に仕事をしていて気が引き締まる。

それで機嫌を損なうような上司・経営者なら、その程度と思って見切りをつければいい。
それくらい、厳しい時代を生きているという自覚をみな持つべきだ。

カテゴリー: ビジネス — admin 9:46 PM  コメント (0)

先行者たるにはどうあるべきか

今日は一人の人生の先輩と飲む機会をいただいた。

ビジネスを中心とした有意義な話ができ、非常に貴重な時間を過ごせたと思う。

そんな中でも、ことITに関して、今後どこを目指していくべきなのかについて考えさせられたので、まとめておきたい。

言わずとも知れているように、この業界の進化の波は非常に速い。
ちょっとでも怠ければ、あっという間に置いていかれる。

そんな中で、「追随」することに必死になっているようでは、生き残ってはいけない。
他者のあとを追っている時点ですでに遅れをとっているのだ。
さらに、意識の持ち方として、未開拓の道は歩かないという考え方が、発展を妨げる。

他者の後を追うより、先陣を切って動く。
この意識を持つことで、仕事のしかたが全く変わる。
やりがいや、目的が明確化され、方向性も見えてくるはずだ。

自身が先行者となる気概を持って物事に望むことが、成長にもつながる。

指示を待つだけ「受け」の姿勢から、自ら動く「攻め」の姿勢へと転換できるのだ。

未開拓の道こそ可能性を秘めている。
そこに踏み込むのはリスキーだが、仮に失敗したとしてもそれは決して無駄ではない。
その失敗の経験すら大事なのだ。

漫然として行動パターンから脱却し、積極性を持った自発的な活動を生むために、自分が最先端を切り開くのだ、という意識を持つことが大事だろう。

カテゴリー: ビジネス, 仕事, 対人関係 — admin 11:05 PM  コメント (0)

生誕祭

今日は自分の誕生日だ。

だからどうということはないのだが・・・。

この歳になると、年齢など気にならなくなってくる。
自分は元々あまり年齢に対してこだわりがなかった。

その日その日を悔いの無いように生きる。
その積み重ねが今の自分であり、未来の自分だ。

だから、若いうちは可能性に満ち、歳を重ねれば経験の豊かな自分になっている。
そう考えている。

今のところはその目標に向けて、順調に生きていると思う。

明日の自分が楽しみだ。
明後日の自分はもっと楽しみだ。

そう思っていられることに幸福を感じる。

だから、誕生日だろうがなんだろうが、特別なことはない。
自分は自分。

カテゴリー: 雑記 — admin 9:35 PM  コメント (0)

市場の動向を読む?

実は、あまりビジネス的な話は得意ではない。

なぜなら、自分はあくまでクリエーターサイドの人間であり、基本的にはモノ作りを生業としているからだ。

だが、こうであるべきでは?という、素人ながらの考えは常に持っている。

最近、気になっていること。

よく、市場の動向を読んで云々的な発言を耳にする。
これに関してだ。

もちろん、「これから市場がどういった方向に向かっていくかを予測して」という意味の発言であろう。
まさか、「現時点での市場がこういった傾向だから」というのではないはず。

プロダクトはリリース以前の段階で十分なリサーチがなされているべきだ。
今流行っているものは、すでにはるか前の段階で予測・検討された上で作り出されているトレンドであり、流行っているからといって追いかけても、すでに2歩も3歩も出遅れている。

日本人は、この点で世界に劣る。

先んじて第一歩を踏み出すことが本当に苦手なのだ。
だから、前例ばかりを追いかける。
流行ったあとのものにしか飛びつけない。
自ら流れを生み出せない。

数字でしかものを見れない(しかも、その数字、本当に合ってます?)経営者層の怠慢な独裁経営がどこまでも蔓延っている社会。
そしてそれを改善できない(むしろ、するという発想すらない?)下っ端社員達。

市場の一歩先、新しい何かを開拓しようと思えば、リスクは付きものだ。
コストがかかるのは当然で、先行投資だと思って諦めなければならない。
それに前例がないのだから、具体的にどれくらいの予算が必要で、いつまでにそれをペイできるかなどを試算しろと言う方が無理難題なのである。

時代を変えた偉大な発明の数々が、あらかじめいつまでにどの程度の利益をあげるなどと予測されていただろうか?

むしろ、必要なのは熱意。他の誰にもできないことをやっているんだ、という確かな手応えこそが、新しい市場開拓の原動力となる。

型通りに書類を作って、言われた通りの手順を繰り返し、数字の間違えが無いかビクビクしながら仕事をしていても、先には進めないだろう。

市場の動向を読むとは、実は受動的な作業ではなく、未来を作るという能動的な作業であるべき、と自分は思っている。

カテゴリー: ビジネス — admin 11:55 PM  コメント (0)

既存の概念の枠に収めようとしない

人間誰しも、経験や知識に基づき自分なりの考え方ややり方を持っている。

知らない問題や新しい課題にぶつかったとき、まずはその「既存」の知識ややり方で対応できるか考えるだろう。
だが、それだけでは解決しないことは往々にしてある。

成長できない人は、それでも既存の概念の枠の中になんとか収めようとして、失敗する。

成長し続ける人は、常に新しい知識を貪欲に取り込み、消化し、吸収している。
そして、概念の枠をどんどん広げていく。

自分自身、最近この「新しい概念を受け入れる柔軟性」が低下してきていると、如実に感じ始めている。

大きな原因は、以下の2つではないかと考えている。

ひとつは単純に加齢による能力の低下で、新しい知識を習得しにくくなっていること。

もうひとつは、つまらない自己満足に陥っていること。
補足すると、これは自分の経験や知識に対して、過信してしまっていることを意味する。
これだけやってきたんだから、大丈夫だろう、というような慢心が、どこかにあるのだ。

ことIT業界においては、昨日まで当たり前だったことが、今日には通用しない、というような劇的進化が稀ではない。

古いままの概念を壊せない状態では、未来がないのだ。

「絶対はない」

自分はこの言葉をずっと信条としている。
どういう意味かというと、どんな事物に対しても、例外が発生する可能性を常に考慮しろ、ということ。

例えば、1+1は2だと教えられる。
一見、疑う余地は無いように見える。

だが、もしかすると1+1が2ではなくなることもあるのではないか、と考えてみる。
現実問題として、そういうことが起こるとか起こらないというレベルの議論ではない。
万が一、そういう事態になっても、許容できるような柔軟性をもっておこうという意味だ。

狭い概念の中で凝り固まった考え方をするのではなく、柔軟にその枠を超えるようなパターンも考えてみよう。

カテゴリー: 雑記 — admin 9:05 AM  コメント (0)

フリーランスへ・・・

いよいよその日が近づいてきた。

来月20日をもって、今の会社を退職する。

最後は有休の消化に加え、夏期休暇もぶつかっているので、実質出勤は第1週までだ。

おぼろげながら、展望も開けつつある。
初仕事になるであろうプロジェクトを今粛々と進行中だ。

だが、現実的な問題よりも、精神的な問題だと思う。

良くも悪くも後悔はしたくない。

自分の信じた方向へ向かって進んで、それで失敗したのなら、納得もできる。

一度しかない人生だ。
好きなことをやったもん勝ちだと思う。

今は、それだけ。

カテゴリー: 仕事 — admin 9:32 PM  コメント (0)

狩猟民族的思考

案件の要件だけ満たして、さっさと納品して、検収通して、入金になればはいおしまい。
また次の案件を狩りにいく。

ドキュメントのページ数を稼げることや、テストを通すことや、入札の駆け引きに勝つことがスキル。

いまだにこれがすべてみたいな狩猟民族的思考でウェブ業界を生き抜こうとしている人たちがいる。

ちょっと待てw

なんかもっと、目標とかアイデンティティとかはないの?

そんな単発的といか、狩猟民族みたいな考え方じゃ、いつまでも安定しないじゃないか。

それに、案件の中身も見ないで、金額ばかり見て、取るか取られるかみたいなことばっかりやってて、何が残るというのか。
喰えるものならなんでも喰うという姿勢は、貪欲というより雑食で、オールラウンドと言うより乞食っぽい。

こういう方針でやっていくんだという信念とか、こいう部分を伸ばして売り込もういう方針とか、そういうものが無いと、ただダラダラと、顧客の言うがままに働く奴隷に成り下がるだけ。

まずは何をしたいのか。明確な方針を示そう。

「金が欲しい」

とかいうのは、方針ではないからw

ここは譲れない。これなら負けない。この部分に関しては、他にはない知識と実績がある。
そういう基盤となるものがあって、その上で初めて需要が生まれてくるもんだろ。

「得意とか不得意とか、そいうのはないです。はい。言われればなんでもしますよ。ええ。なんでも」

って、それでいいの?

いいなら、別にそれでいいんだけど。

そんなんで、いい仕事はできるはずがない。

行き当たりばったりになるに決まってる。

きちんとしたコンセプトや方針を持っていれば、一方的に顧客の言いなりになることは無いはず。
そして、なんでもかんでも請け負うってことも無いはず。

カテゴリー: ビジネス, 雑記 — admin 2:49 AM  コメント (0)

蚊に血を提供するのが日課

暑い。

まして、自分の部屋では、常時サーバーが起動している。
加えて、作業用のマシンまで起動すると、もはやサウナも同然だ。

そんな中で、さらにドラムを叩こうというのだから、我ながら正気とは思えない。
ナイアガラよろしく汗の滝を流している今日この頃。

さて。

北海道の家には冷房がほとんどない。
自分の部屋には、エアコンはおろか、扇風機すら無い(もとい、USBの玩具的扇風機ならある。電気屋のレジ前のカートに山積みしてるアレ)

だから、しかたなく窓を開けてしのぐ。
虫の侵入に対しては網戸で対抗するのだが、その防衛線は心ない我が家の猫によって突破され(出入り口にされた)、今は無残にも決壊した状態となっている。
直せばいいのだが、それも面倒くさがって放置しているせいで、夏はよく蚊が出没する。

今も、顔面をはじめ、両手や背中、足など、完膚なきまでに喰われまくり、かゆいったらありゃしない。

掻かずに耐えるのも精神修行の一環と勝手に位置づけて、なんとか正気を保ってはいるが、これがずっと続くと思うとただでさえ過ごしにくい夏が一層過酷なものに感じられる。

早く網戸を直せ、というのが当然ながら妥当な結論だが・・・。

カテゴリー: 雑記 — admin 9:50 PM  コメント (0)